パラグラ
〜受難のサービスカウンター〜
new→《当台本を利用してくださってる方へ》
茂夫(しげお)
男 73歳
マイペースで頑固なおじいさん。
たまに、妙にリアクションが激しい。愛称はもちろんシゲ爺。
何の影響か分からないが、今時っぽい言葉遣いをする。
倉本(くらもと)
女 26歳
社会人になって4年経つも、まだ新人に見えるサービスカウンターのお姉さん。
アルバイトでの接客経験もあるのに、すぐ顔に出る。
この仕事では苦難が多い。極めて普通の女性。
溝口(みぞぐち)
男 27歳
託児所の保育士さん。
どんな言葉を話そうとも、雰囲気はひたすら柔らかい。
焦ったところを倉本は見たことがないほど。
2:1:0台本
<キャスト>
茂夫(♂):
倉本(♀):
溝口(♂):
倉本M
「サービスカウンター通称『何でもコーナー』。ここでは、ありとあらゆる仕事を任され
ありとあらゆるハプニングに出くわすこと必須の絶望空間である。
え、それは偏見って?それが違うんですよね、うちの場合は。
私は至って普通に、時には一生懸命になって働いているのに
それを知ってか知らずか、なぜか事件が起こるんですよね。
本当、いつもこれだけは疑問なんだけど、どうして長い行列ができた時こそ、問題を起こすの?
これが初回の仕事から変わらない疑問。
毎朝、出勤するのがだるいけれど、それにもめげずに私はこの『何でもコーナー』で戦っています」
◆デパート1F
――大きめの託児所の脇にあるサービスコーナーにて
溝口
「お疲れ、倉本さん。今日もちょっと眠そうだね、ちゃんと寝てる?」
倉本
「(背伸び)お疲れ様です。眠そうなのは、毎日ですよ〜。寝てはいますけど、どうしてもこの時間帯になると眠たくって」
溝口
「そっかー。確かに昼休み明けは眠くなっちゃうよね」
倉本
「そうなんですよ〜。それでも何とかコーヒーで目を覚まそうと頑張るんですけどね。
って…あれ、溝口さんこんな所でゆっくりしていても良いんですか?
あの託児所人手が多いといっても、毎日たくさんの子どもたちが来るというのに」
溝口
「ええ、大丈夫です。仕事をしていますから」
倉本
「(小馬鹿にしたように)えー?休憩がですか?」
溝口
「これは休憩ではないんですよ〜。ちょっとした、かくれんぼです」
倉本
「かくれんぼ、かぁ。へぇ〜可愛いなぁ。楽しそうで羨ましいです」
溝口
「ただ、身代金がかかってますけどね」
倉本
「なるほど〜。…はぁ!?」
溝口
「100万円らしいですよ、僕の価値。割りと安いみたいですね〜、子どもたちにとっては」
倉本
「…子どもたち…って溝口さん、それ『かくれんぼ』じゃないですよね?」
溝口
「あー。そうかもしれませんね。でも、隠れてくださいって頼まれたから、ある意味お仕事ですよ」
倉本
「は…はぁ」
倉本M
「今日も相変わらず不可解な溝口さん。ふわふわしているので、悪く思えません」
溝口
「―――ねぇ、倉本さん」
倉本
「はい?」
溝口
「なんだかお客さん増えてきたみたいだね。そろそろ、前向いた方が良いと思うよ」
倉本
「?」
茂夫
「……ん」
倉本
「!お、お待たせ致しました、いらっしゃいませ」
茂夫
「うむ、待ってたぞう。お姉さんは、ちっと口を慎むべきではないかね」
倉本
「申し訳ございません」
茂夫
「やあ、いいよいいよ。心が広いからなぁ、ワシぁ」
倉本M
「珍しく暇だからってのんびりしすぎてた…。まだ、列はできてないくらいだから、問題ないわね」
茂夫
「それでなんじゃが」
倉本
「はい、いかが致しました?」
茂夫
「迷子なんじゃ」
倉本
「迷子…といいますと。お孫様でしょうか?お呼び出しを致しましょうか?」
茂夫
「いや、ワシにそんなに小さな孫はおらん」
倉本
「では…失礼ですが、奥様…」
茂夫
「ワシ」
倉本
「?」
茂夫
「だから、ワシじゃて」
倉本
「へ?」
茂夫
「ワシ is 迷子。わかったかぁ?」
溝口
「(小さく吹き出す)」
倉本
「え、ええと、お客様が迷子ですね!かしこまりました!」
溝口
「(笑いをこらえているようで、既に笑っている)」
茂夫
「…で、ワシはどうすればいいんじゃ?」
倉本
「そう…ですね。どちらにしても、お付き添いの方をお呼びした方がよろしいでしょうから
お付き添いの方のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
茂夫
「そんなのおらん。ワシ1人でここに来たんじゃから、呼べんよ」
倉本
「――それでは…」
茂夫
「あー。なら、託児所じゃ。向こうに託児所があるじゃろ、そこにしとくれ」
倉本
「たく…、託児所ですか…?託児所ですよ!?」
茂夫
「んなこと、わかっとるわい。呆けて物を言うとると、勘違いしとんるんかお前は!」
倉本
「…申し訳ございません」
茂夫
「ふぅ、最近の若者はなぜゆえオツムが弱いのかのう。こんなだと先が思いやられる
いや、こんなのが社会にいていいんか。
それに、新人だからといって許される世界じゃないんじゃぞ、わかっとるんかいな」
倉本
「……存じております」
倉本M
「全然、心広くないじゃん…」
茂夫
「ふん、よかろう。では、託児所でワシを預かっとくれ」
倉本
「え、えーと」
茂夫
「ほら、呼ばんかい」
倉本
「……」
溝口
「はい。託児所の者ですが、どうされました?」
倉本
「(小声で)溝口さ…」
溝口
「(小声で)困ってる子はほっとけないよ。ちょっと待っててね」
茂夫
「ん。ワシを託児所に連れて行ってくれるのか」
溝口
「いえ、行くのは構わないのですが…、こちらは『託"児"所』ですので、お客様のご希望にはそえません」
茂夫
「なんでじゃ」
溝口
「理由は、今申し上げた通りです」
茂夫
「託児所だからじゃと…?それは理由になっとらん」
溝口
「失礼ですが、託児所の意味はご存知ですか?」
茂夫
「そりゃ、子どもを預かる所じゃ。ワシを馬鹿にしとるのか」
溝口
「子どもを預かる。そうですね、その通りです」
茂夫
「じゃろ」
溝口
「……でしたら、お客様はお子様ではないので、再度申しますが、お預かりすることは…」
茂夫
「…ん。おまえは…」
溝口
「はい?」
茂夫
「ワシを年寄り扱いするのかっ」
溝口
「え、あー……そうですね」
倉本M
「って、この場合あっさり言っちゃだめですって、溝口さーん!」
茂夫
「なんじゃと……老いぼれにしか見えとらんのか!」
溝口
「ですね。それ以外にどのようにして、お客様のお顔を拝見すればよろしいのでしょうか?」
倉本M
「なんで、そこまでして
逆撫
[
さかな
]
でするんですかー!」
茂夫
「ぬぬぬぬ……なんだその無礼な物言いは」
溝口
「いえ、これでも丁寧な口調でお話させていただいているのですが。そうですね…具体的にどのような不満がおありですか?」
茂夫
「ふん。不満…か。そうだな。ここに対する不満は、ワシを子ども扱い
いや、純粋無垢に見てくれないのが不満じゃ!」
溝口
「…………なるほど。よし、ではこの方、ブラックリストにお願いしますね、倉本さん」
茂夫
「なっ…」
倉本
「え!あ、はい!では、お名前をお願いします」
茂夫
「なんで、お前なんぞに名前を言わんとならんのじゃ」
倉本
「いえ、ですが…」
茂夫
「もういいわい!自分で託児所に行く!」
倉本
「お客様お待ち下さい!」
――カウンターを飛び越え、茂夫にすぐ追いつく溝口
溝口
「っと、お客様」
茂夫
「うわぁぁぁ、なんじゃぁ!?」
溝口
「やはり、託児所に行くのもお止めください」
茂夫
「…なんじゃ、二言があるのか」
溝口
「ええ。こちらにも少し事情が」
茂夫
「事情?けっ、やはり二言か、言い訳かっ。だから最近の若いもんは嫌いなんじゃ…」
溝口
「(突然)ああ私、ちょうど今、身代金がかかっておりまして」
茂夫
「みっ、身代金!?あがっ、いへはがっ(あれ、入れ歯が)」
溝口
「すぐに託児所に戻るわけには、いかないのです。ですから、今回託児所に赴くのは諦めて頂けないでしょうか?」
茂夫
「(入れ歯をはめ直して)な、なんと……。ではあのお姉さんに拘束されとるんじゃな」
溝口
「そうですね」
茂夫
「……ん。じゃが、お前さん自由じゃな」
溝口
「あー、これはカモフラージュです。気のせいです」
茂夫
「なるほど。カモフラージュか。上手くやっとるんじゃな」
倉本M
「元からおかしいけど。いよいよ、状況がおかしくなってきたような…」
茂夫
「……いーや、しかし、ワシぁ託児所へ行く!止めないでくれ!」
溝口
「おっと、待ってください。あ、倉本さーん、パートさんにそこ任せてこっち来てくださーい」
倉本
「分かりましたー(ってなんで戦場に足突っ込まないといけなくなってるの私ぃー!?)」
◆託児所控え室
溝口
「倉本さん」
倉本
「はい、なんでしょう溝口さん」
溝口
「なんでそんなに悲しそうな顔をしているんですか?」
倉本
「あ…気のせいだと思います」
溝口
「あれ、そうですか。では、ええと、お客様」
茂夫
「シゲじゃ。ワシのことはシゲと呼べ、この阿呆が。こんなところに閉じ込めおって」
溝口
「おや、わかりました。シゲさんですね。それでは話を戻しまして、なぜ託児所に
拘
[
こだわ
]
るんですか?」
茂夫
「託児所に拘るも何も、ワシは子どもなんじゃ。迷子なんじゃ。だから託児所に行く権利がある」
溝口
「うーん。そこが解さないんですよね」
倉本
「そうですね」
茂夫
「なーんで、理解できんのじゃ。客自身が子どもと言うとるのに、それを否定するのか」
溝口
「子ども、というのは否定しませんが……、そもそもここの託児所には年齢制限があります」
茂夫
「なん…じゃと…!?」
倉本M
「まさかの無知!?」
溝口
「こちらの託児所であれば、通常3歳程度、最大でも5歳までとなっております」
茂夫
「3歳…5歳…。下手したら70歳もオーバーしておるということ…か」
溝口
「そのようですね」
茂夫
「なぜワシは…なぜ、こんなに早く生まれてきてしまったんじゃ…。
もう少し遅く生まれておれば、素晴らしい託児所生活を送ることができたというのに…」
溝口
「なるほど、どちらにしろ手遅れですね」
倉本
「手遅れ…って。溝口さんそれはちょっと言い過ぎなような」
溝口
「あ、ああ。すみません、以後気をつけます」
倉本
「は、はい」
溝口
「…さて、またまたくどいようですが、再度お聞かせ願えませんか?
どうしてシゲさんは託児所に限定されてるんですか?何か大きな思い入れなど?」
茂夫
「おう…そうじゃなぁ。あれはワシが、こげんちっこい時の話じゃ。
その頃は託児所なんぞ、珍しいもんでのう。村長が仕切って村のもんが手伝ってやって
なんとかしてやっておったんじゃが、当時は今みたいに朝から晩まで預かってくれるなんて
贅沢なことはむつかくてなぁ。畑仕事に精を出すのでいっぱいなワシんとこは、行かせてくれなかったんじゃよ」
溝口
「なるほど…」
倉本
「あー…」
茂夫
「うーむ。それでな、託児所に行ったもんは、楽しい楽しい言うて帰ってくるもんじゃから
じゃあ覗くだけなら問題ないじゃろうと思って行ったら散々怒鳴り散らされてのう…。
それからワシのあだ名は託児所泥棒…」
倉本
「それは、ありがちなイジメですか…」
茂夫
「そうじゃろうなぁ…そして気づいたら、ワシは無意識に託児所とつぶやくほどになっておった」
倉本
「え、それだと余計に茶化されたりとか…」
茂夫
「(明後日の方向を向きながら)いいや、寧ろワシは意地になって、挨拶すら託児所、謝るのも託児所
念仏を唱えるときでさえ、託児所、託児所言い続けたんじゃよ。
それからというもの、周りの奴らは何も言うてこんごとなったわ」
倉本
「………」
溝口
「託児所にそんな魔力が…」
倉本M
「…驚くところが違うような」
溝口
「そこで、そんなシゲさんにご提案があるのですが」
茂夫
「なんじゃ…?あ、ワシぁわかったぞ。迷惑かけたから警察に突き出すつもりなんじゃろう」
溝口
「んー。360°くらい違いますね」
倉本
「……あれ同じじゃないですか」
茂夫
「そうじゃ、そうじゃぁ」
溝口
「ははは、失敬。376°くらいですね」
倉本M
「い、1周しただけでは飽き足らず!?」
茂夫
「でも、16°しか違わんのう」
溝口
「そうかもしれませんね」
茂夫
「じゃあ、お前さんは結局警察に突き出すのと変わらんことをするんじゃろう」
溝口
「いえ、そこまで託児所に行きたいのであれば、託児所を渡そうと思いまして」
茂夫
「………ぬ」
倉本
「………わた、す。って、あれ?」
溝口
「はい、だから託児所そのものをお渡ししようかと。それで文句はないですよね」
茂夫
「ぬぅわんじゃと・・・!?」
倉本
「本当に渡せちゃうんですか?冗談にしてはちょっと…」
溝口
「なんで二人ともそんな反応なんですか。僕が持ち主だから問題ないでしょう」
倉本
・
茂夫
「………」
倉本
「今、何とおっしゃいました?」
溝口
「いや、だから、あれは僕が運営している託児所です」
倉本
「(声にならない叫び)」
茂夫
「お、お前さんのような若造が…何を…!」
溝口
「いやあ、そんなに驚くことはないじゃないですか。経営っていったって、なんてことはないですよ。
ほら、ちっぽけな託児所ですよ、私立幼稚園にすら適いません。
ああ、それに大まかにいって、会社って1円で作れるじゃないですか」
倉本
「そんな問題じゃないでしょう。あの託児所はかなり大きいし、保育士さんも多いし…うーん…」
溝口
「あれあれ、倉本さん混乱してるのかな。はい、ということですので、シゲさん、どうぞ」
茂夫
「なんなんじゃ、そのお中元を渡すような軽いノリは……」
溝口
「軽くないですから。では、僕は帰りますね。(あくび)夜勤明けで疲れてるんですよね〜。職員によろしくお願いします」
茂夫
「…はぁ!?」
倉本
「……あっ。溝口さん!」
――暫く無言
茂夫
「……で、ワシはどうしたら」
倉本
「これは、そうですね…託児所に行くべきでしょうね…」
茂夫
「……」
* * *
◆10分後 託児所
――子どもたちに囲まれている茂夫
茂夫
「……いやぁ、だから、溝口先生はお家に帰ったって言っとるじゃろ?」
――先生を返せコールが入る
茂夫
「のう、お嬢ちゃん。身代金とかワシ要求してないから、な?だから、勘弁しとくれ……」
倉本M
「こうして、サービスセンターの永い永い1日に幕が閉じられるのでした。ちゃん、ちゃん」
茂夫
「ちゃん、ちゃん。じゃないわぁ!」
倉本M
「ひゃっ、聞かれてた」
end of the story.
※只今台本アンケートを行っております。お答えいただける方は
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