<日々香る> 馨(かおる)男 21歳 どちらかというとインドアタイプの青年。 若干乙女気質があり、運命とか奇跡に弱い。 何も変わらない毎日を過ごしていたところ、見知らぬ女性に恋をする。 香(かおり)女 ? もう一人のカオル。いわゆる恋に恋する恋愛主義者。 馨にいたずらに接する。 裕隆(ひろたか)男 21歳 ひょうきんな性格で場を和ませるのが得意。 馨の親友で、小学校からの付き合い。腐れ縁。 寿歌(すずか)女 26歳 見た目は落ち着いている知的な女性。話すと割と、人懐っこく茶目っ気あり。口癖は「スマイル」 ◆ファーストフード店 ――談笑している馨と裕隆 裕隆「あれだろ『学生さんは金がない……!』って、まじでそうだよなぁー。時間が溢れ返るほどあっても、這いつくばっても金がねぇ!予定をバイトだらけにしても、思ったよりも稼げてない!どうしたらいいんだろうなぁ!」 馨「うーん。早く社会人になったらいいんだろうな」 裕隆「はぁぁ!?そんなこと俺だって分かるよ!ただ、職がねぇんだよなぁ」 馨「やりたい仕事がでしょ?」 裕隆「いや、あるよやりたい仕事」 馨「おお、何々?」 裕隆「……何今更聞いてるの。建築士!!」 馨「ああ、そっか。そういう学部だったね、裕隆は」 裕隆「思い出したかのように言うなよ」 馨「悪い悪い」 裕隆「でさぁ、お前は何やるつもりなんだ?」 馨「え?」 裕隆「文学部ったって、その手の職業就くの難しいだろう?」 馨「まぁ…そうだけど」 裕隆「うーん。あ、でもな、馨なら目指したっていいと思う。……小学校5年の頃だったかなぁ?あったろ?反省文書けなくてお前に任せたら、担任がびびって『何があったんだ!?』って言ってきた時のこと」 馨「あ、ああ。そんなことあったっけ?」 裕隆「あったぞー。あれは傑作だったな。完璧に馨の字なのに、気づかないの!俺、きったねぇ字なのにさー。筆跡くらい見抜けって」 馨「(笑う)裕隆、確かにすごい字書くよね。たまに自分の名前なのに読めないし」 裕隆「すまんねー。字は昔っから無理なの。習字も続かなかったしな」 馨「習字か!そういや、行ってたなぁ」 裕隆「まぁ、やめて正解だな。なんだかんだで、技術も身についてきたし、あとは拾ってもらうだけだ」 馨「拾われたいんだ?自分で始めることは考えないの?」 裕隆「あー。俺、経営とか嫌いなんだ。でもな、自分で考えて仕事したいからなぁ。猛勉強してからかな?」 馨「そうかぁ。頑張れよ」 裕隆「おう、お前もだ。文章とか見るだけで頭痛くなるけど、お前の書く文章なら読むよ。どうせ、やりたいのは小説家とかだろ?」 馨「!な、なんでそれを……!!」 裕隆「ふふん。伊達に大学まで同じじゃねぇよ。じゃあまたな」 馨「い、言い逃げられた………はぁ。相談乗ってもらうの忘れたな(時計を見る)」 ――ファーストフート店から駆け出していく馨 馨「(……19時前だ。よし、今日もいつも通り図書館に行こう。あの人がいるはずだ)」 馨M「――思い起こせば出会いはたった1週間前だったんだよな」 ◆1週間前 図書館 ――小説を書いている馨と、一つ奥の机に座って小説を読んでいる寿歌がいいる 寿歌「(楽しそうに本を読んでいる)」 馨「(夢中で小説を書いていたが、寿歌に気づいて筆を止める)」 馨「……」 寿歌「(小さく)ふふっ」 馨「(小さく)……あ、笑った」 寿歌「……?」 馨「(き、気づかれた!!)」 寿歌「あらあら?もしかして顔に何かついてる?化粧直ししてきたはずなんだけど」 馨「い、いえ!な、何もついてないと思います!」 寿歌「(口を押さえてクスクスと笑う)」 馨「(恥ずかしくなって)す、すみません。読んでいるところをお邪魔してしまったようで。お気になさらず、続きを!」 寿歌「いいのよ。今、一つの章を読み終えたところだし。活字ばかり見てると疲れちゃうしね」 馨「え、そんなに長時間読まれてるようには…。あっ」 寿歌「もしかして見てたの?いやねぇ」 馨「あ、いえ、あ、あの、えっと……!」 寿歌「うーん。やっぱり顔にご飯粒とか付いてたかしら」 馨「ごめんなさい!!」 寿歌「?」 馨「勝手に想像してました!そんなに滞在してないって!」 寿歌「ん?」 馨「……だから、その………なんて言えばいいんだろう。俺、口下手で」 寿歌「(きょとんとしている)」 馨「(びくっとする)」 寿歌「(暫く馨を見て)……うふふ、面白いわね貴方。初対面なのに、すんなり話せちゃう」 馨「……へ、へぇ?」 寿歌「そんなに怯えないでよ。笑って笑って?スマイルスマイル!」 馨「……こ、こうですか?」 寿歌「うーん。ちょっと硬い」 馨「じゃ、こうだ!」 寿歌「口の両端を上げても駄目よ。歯を見せて、わっはっはってやってみて」 馨「(言うだけ)わっはっはっは?」 寿歌「君、違う違う。こうだよ、こう。わっはっはっは(大きく不自然に笑う)」 馨「(見て腹を抱えて笑う)」 寿歌「えー!人がせっかく教えてるのに。ひどいわ」 馨「だ、だって、貴女も笑いが不自然ですよ。わっはっはっはって、やります?普通?」 寿歌「やるわよ。園児だってやってる」 馨「……。園児?保育士さんなんですか?」 寿歌「え?あ、ううん。ちょこっとだけね」 馨「へえ〜。こんなに綺麗な人が先生ってどれだけ恵まれた園児たちなんだろう」 寿歌「恵まれたって。そんなことないわよ。たまにやってくるだけのお手伝いさんみたいなものだし」 馨「そうなんですか?」 寿歌「そうなの。非常勤っていうより、アルバイトだからね」 馨「アルバイト?保育士さんにアルバイトなんてあるんですか?」 寿歌「あるわよ。いちおう資格がないとできないけどね」 馨「なるほど」 寿歌「普段はただのしがない事務職員よ。でも、どうしてもやりたくてね、夢を捨て切れなかったの」 馨「え、貴女なら保育士さんにすぐなれるでしょう」 寿歌「なれたよ」 馨「……」 寿歌「けれど、なれなかったの」 馨「それはどういうことですか?」 寿歌「……うーん。話そうと思えるけど」 馨「はい」 寿歌「(意味深な笑みを浮かべて)君にはまだ黙っておくよ」 馨「そうですか……」 寿歌「暗い顔しなーい。スマイルスマイル!……あら?これは文章?小説かなぁ」 ――馨が書いている小説を発見する寿歌 馨「わぁー!!見ないでください!恥ずかしいぃぃ!」 寿歌「いいじゃない。ちょーっとくらい」 馨「駄目です!駄目ですってばぁ!これ読まれるくらいなら地面に埋まった方がマシですぅぅぅ!」 寿歌「じ、地面に!そこまで言う!?」 司書「そこのお二方!ここは図書館ですよ!共有のコミュニティで騒ぐのをやめて頂けませんか!?静かにしていただけないと、退去していただきますよ!」 馨・寿歌「…す、すみません!!」 寿歌「(呼吸を整えて)はぁーっ。慌てて飛び出してきちゃったね」 馨「(呼吸が速い)飛び出すも何も、貴女が俺を引っ張り出したんじゃないですか!」 寿歌「……あー?そうだったわね。(軽く)ごめんね?」 馨「うわ、軽い」 寿歌「うわ、柔らかくなった」 馨「……へ?」 寿歌「だから、表情が」 馨「……あ、ああ」 寿歌「さっきまで、ずーっとイースター島のモアイ像みたいな顔して硬くなってたのにね」 馨「モアイ像ってひどくないですか!?」 寿歌「だって、ホントそんな感じだったよ?」 馨「そ、そんなことなかったと思いますよ?」 寿歌「……かなぁ?ふーん、意外と君、ガンコ坊ちゃんだね」 馨「ガンコなのは、生まれつきですぅー」 寿歌「(笑う)やっぱり、君は面白いね。よし、決めた。これからも君に会いに行くことにするよ。なんだか、君と話してると悩んでることが馬鹿みたいに思えてくるから」 馨「お、俺が馬鹿みたいだからですか!?」 寿歌「違う違う。人って、いいなぁって。人と関わるっていいなって、そう思えてくるの」 馨「そう…ですか」 寿歌「まぁ、人は元々好きだけどね。特に君みたいな人は関わって損はなさそう」 馨「……!」 寿歌「何、また固まってるの。スマイルスマイル!」 馨「……は、はい」 寿歌「(携帯を開いて時間を確認する)あ、8時過ぎてる。そろそろ帰らなきゃ」 馨「(我に返って)あ、え、もうそんな時間なんですね」 寿歌「そうみたい。私、9時半には寝ちゃうから、ごめんけどおしゃべりはここまでね」 馨「あ、はい」 寿歌「ああっと、そうだ。君の名前は??」 馨「え」 寿歌「早く!電車に乗れない!」 馨「か、馨…。馨と言います!」 寿歌「カオルね。覚えとくわ」 馨「あ、あと貴女のお名前をお聞きしてもいいですか?」 寿歌「寿歌!コトブキに、歌うって書いて寿歌!おめでたい名前って覚えて!」 馨「(笑って)はい!」 ――大きく手を振りながら去る寿歌を見送る馨 馨「(不思議な……人だな)」 ◆場面戻って 現在 図書館 ――いつもと変わらない図書館に、緊張した面持ちでやってくる馨 馨「(寿歌さんと話すようになって1ヶ月だ。今日はいったいどんなを話をしてくれるんだろう…)」 ――座っているはずの席に寿歌がいないのに気づく 馨「(……あれ。約束していたはずなのにいない。何かあったのかな……) ◆1時間後 図書館 馨「(7時半過ぎちゃったな……。ということは、1時間、か。結構待ってみたけど、来ないのか、あの人は……。(ため息)会いたかった……なぁ」 馨「ん?」 ――書いていた小説に人影が映る 寿歌「(消えそうな声で)……馨くん」 馨「(気づかず嬉しそうに)……す、寿歌さん。来てくださったんで…――。(言葉に詰まって)……どうしたんですか」 寿歌「ごめんなさいね」 馨「その顔……どうしたんですか!?」 寿歌「……シッ。ここは図書館でしょ?」 馨「『図書館でしょ?』じゃないでしょう…。顔のキズ凄いですし、打ち身だってひどい……。いったい誰に……」 寿歌「彼」 馨「……!」 寿歌「だった人」 馨「……だった?」 寿歌「そう。だった人」 馨「……」 寿歌「悲しそうな顔しないよ?ほら、スマイルスマイル……」 馨「無理に笑おうとしないでください!寿歌さん、貴女を見ていると悔しくてたまらなく…なる」 寿歌「……なぜ?」 馨「俺の知らない誰かに、寿歌さんが傷つけられたから」 寿歌「いいのよ。これは深い傷じゃない。残ることもないわよ。だって彼、本気で叩こうとして、やめたもの」 馨「……」 寿歌「あーあ。別れて半年以上経っているのに、どの面下げて会いに来るのかしらね。園児にまで嫉妬するほどなのに、全然思いやりを持ってくれないの。……思いやりさえ持ってくれたら、考えたかもしれないのにね」 馨「(幽かに)考えない…」 寿歌「?」 馨「考えないでください!そんな大人気ない奴と関わらない方がいいです!だって、貴女の夢を邪魔しているのもそいつなんでしょう?ろくでもない奴ですよ!きっぱり縁を切ればいい!」 寿歌「……本当、そうすればいいのにね。なんでかなー、切ろうとすると駄目なのよね。切ろうとすると自分の指を傷つけちゃうのよね。縁がすり抜けてしまうように。……よく分からないけど……」 馨「(衝撃を受けて)……!そう……ですか」 寿歌「(困った表情で馨を見る)」 馨「(泣きそうになりながら)また……会いに来てもいいですか?」 寿歌「会いに来て欲しいな」 馨「(走り去る)」 寿歌「……あっ!馨……くん!?」 ◆暗い空間 佇む馨 馨「………」 香「ねぇ」 馨「………」 香「ねぇってば。……あれ?返事がないのね」 馨「(ぼんやり)ん……?君は……誰?」 香「香。君の友達で、君のことに一番詳しい女の子」 ――興味なさそうにしている馨 香「つまんなそうな顔をするのね。誰かに言われなかったの?笑えって。スマイルスマイルってさ」 ――耳を押さえて話を聞きたくなさそうにする馨 香「わー、耳押さえられちゃった。何?そんなにその言葉聞きたくなかった?まぁ確かにそうかもね。私とこうやって話す前に、愛しの女性に振られちゃって、絶望の淵に立たされたんだしね。………あれ?その目は何?傷口が傷むからやめてくれって?嫌よ。だって、君が戻らなきゃ私が困るんだもん」 馨「……こ、ここから去れよ。俺は暫く考えたくはない」 香「ふーん。現実を見れないのね。駄目な男ぉー。失恋くらい何度だってあるでしょ?私だってそうよ。何度何度も突き放されてる。だけど、辛い思いを繰り返したって、這い上がって来れるものなの。傷は癒えなくたって、その苦しさに打ち勝って壁にぶち当たっていくの。そうして、宝物は手に入る。苦労なしに欲しいものを掴もうとするなんて有り得ないわ」 馨「……」 香「でも、そうね。出会って日が浅いのにわざわざ頑丈な鉄壁に向かって、全力疾走する馬鹿なんて、それこそ相手にされないかもね。まだ様子を見た方がいいかもしれない。そういう考えなんでしょ、君は。それなのに、慎重にいった結果があの事件――」 馨「……」 香「互いに未練があるってことかしらね。なくなったはずの関係が再び戻ろうとしている、君にとっては最悪な状況。そして、戦うことも他の手段も見つからなくなった。そして気が滅入ってしまった結果、コマンド選択は『逃げる』。なーんて、弱気な行動なんだろうね。ここぞとばかりに彼女に関われば良いのに、彼女を大切にすればいいのに。………ホント、とんでもない愚者よね」 馨「うるさいな……。寿歌さんにどう接しようが俺の勝手だろ?何が愚者だよ、まだ結果は出ていない」 香「あれが結果じゃないの?」 馨「違う。……違うんだ」 香「ふーん。強情ねぇ、負けなら負けって認めてしまえばいいのに。……あっ、それならこうしよう?私と賭けをしない?」 馨「……?」 香「ふふ、なーに?単純な話よ。君は今回"未遂行に終わった"。つまり、1回戦の先制攻撃は0点。だから、次は私の番。後攻ってことね。もしこれで、私が勝てなかったら君の勝ち。君の邪魔はせずに見守ってあげる」 馨「……もし、君が勝ったら?」 香「私が勝ったときは……そうね。それはその時の私に聞いてくれたらわかるわ」 馨「その時って!」 香「だーって、私は気分屋なんだもーん。君だって突然条件を変えられたくないでしょー?……それじゃ(馨の内部に一撃を与えらながら)一旦おやすみ!ねっ!」 馨「(お腹を押さえて倒れこむ)うぅぅ……!!……待て!待つんだ……!おいっ……」 ◆数日後 大学 裕隆「だから、教授、課題1日だけ待って、1日!1日さえあれば出せるからさぁ。なっ、なっ?あとレポート用紙3枚だからいけるって!……えっ、ちょっ、おい、待てよー!!」 ――教授が無視して去っていき、しょぼんとしている裕隆 裕隆「やべぇ、これじゃ単位もらえねぇじゃねぇか……。あ、馨!おい馨じゃないか!」 馨(香)「ん?」 裕隆「久しぶりだなぁ。大学サボって何やってたんだ?真面目でいることに疲れた?」 馨(香)「いや、特には」 裕隆「ふーん。……ん?」 馨(香)「?」 裕隆「おまえどうした、その声」 馨(香)「は?」 裕隆「風邪でも引いたか……?いや、待てよ。喉がやられてそんなことになる訳ないよな?むしろ、ガラガラ声になるしなぁ。それにしちゃあ、声がえらく違う」 馨(香)「気のせいだよ。ほら…さぁ、空気の状態で声の聞こえ方が変わるとか言わない?体内で聞こえる自分の声が違うのと同じようにさ」 裕隆「確かにそうかもしれないけど、その声はちょっと、おまえじゃないみたいだ。講義終わったら医者に診てもらえよ?」 馨(香)「はいはい」 裕隆「(暫くの間)……でも、馨が引きこもりとかになってなくて良かったよ。そういえばこの前、普通に昼飯食いながらしゃべってたけどさ、何かお前言いたげだったよな?ああいう時って、おまえ話聞いてるのか聞いていないのか分かんねぇ表情するんだよなぁ」 馨(香)「悪かったなぁー。あれは癖なんだよ」 裕隆「(笑う)知ってる。それで何なんだ?あの時、言おうとしてたのって。『やっぱり俺、小説家目指してるんだ。新作書き終わったから見てくれ!』とか?違う?」 馨(香)「ああ、違うんだ。そういう話じゃない」 裕隆「うーん?じゃあさ、場所変えるか?話しづらそうだし」 馨(香)「あ、じゃあ。そこの教室空いたみたいだし、そこで」 裕隆「お、そうだなぁ」 ――近くの教室に入って、席に座る裕隆 裕隆「(大きく伸び)あー疲れた。徹夜明けでしんどいな……。あ、話は聞くぞ?構わん続けてくれ。なーんてな!ハッハッハッハッハッ!」 馨(香)「俺、好きな人がいるんだ」 裕隆「(笑い終わって)って、何それ!!突然甘酸っぱいな!いいねいいね、続けて」 馨(香)「だからさ、良かったら協力して欲しいんだ」 裕隆「背中押して欲しいのか?」 馨(香)「まあ、そんなとこ」 裕隆「なんだかクールに答えるなぁ。もっと初々しく話すお前は何処に行ったんだぁ?」 馨(香)「何処にも行ってないよ。初々しさなんて望める年齢でもないだろ」 裕隆「わー。冷めてんなぁ。疲れて現実に嫌気でもさしたか?」 馨(香)「違うよ。むしろ前向きになってる。今の俺なら何でもできそうな気さえしてる」 裕隆「ははっ、強気なお前は貴重だな。それで協力する相手って誰?」 馨(香)「寿歌さん」 裕隆「寿歌さん?」 馨(香)「優しくてさっぱりしていて、笑うととんでもなく綺麗な人」 裕隆「ほほー。お姉さま??」 馨(香)「そうだね」 裕隆「やばいなーその人。しういう年上の女の人の笑顔ってたまらなく好きなんだよなぁ。でも、近づきがたいから声をかけることも勇気がいるし、触れてもないのにその人を傷つけるんじゃないかって思うよ、俺は。……おまえは勇気あるよなあ、別に俺の協力なんていらないんじゃないか」 馨(香)「いるよ。必要不可欠なんだ」 裕隆「よくわかんねぇなー。何もできないから後ろで見てるだけで良いか?」 馨(香)「(笑う)なんでそんなに弱気なんだよ。強気で応援してくれよ」 裕隆「強気で、ねえ。ますます意味が分かんねー。具体的にどうしていればいいんだ?」 馨(香)「俺が『今!』って叫んだら押さえつけてくれ」 裕隆「おう。………は!?今なんて言った、押さえつける!?」 馨(香)「うん」 裕隆「誰を!」 馨(香)「(自分を指差す)ん」 裕隆「馨を!?俺が悪いことしてるみたいじゃないか!こういうことで誤解されるの、よく知ってるだろ?反省文代わりに書いてもらったあの時だって、周りよりデカいからって勝手に罪擦り付けられたし、この前だってたちの悪い奴らに難癖つけられたし。……そういうことなら、俺は協力しない(馨に背を向ける)」 馨(香)「………そっか。残念。………もう俺は戻ってこないから。よろしくな」 裕隆「おう、おう。勝手にしろよ。(振り返りながら)……って、そんなこと言いながら、馨のことだから戻ってくん………」 ――裕隆が振り返ると、馨の姿がない 裕隆「あれ。おい、馨?馨!?馨ーっ!……消えた、のか?……まさか、な」 ◆夜 図書館 ――少し寂しそうな表情で図書館から出てくる寿歌 寿歌M「……もう時間かぁ。結局、あの子来てくれなかったなー。当たり前だよね、自分勝手なこと言って、突然泣いちゃって、何をどうすればいいのよってね。それに私が本人だったらきっと同じような態度とっちゃてるよ……。よし、もう忘れちゃおう、いっそのこと忘れて、家で本を読めばいいのよ。そしたら、何も思い出さないで済むし、きっと互いにいいはずよ……」 寿歌「……!」 馨(香)「(静かに喜びが見え隠れしながら)……寿歌さん、会いたかった」 寿歌「……?君……」 馨(香)「俺、いや、私、あなたに会ったときからずっと言いたかったことがあるんだ」 寿歌「え……」 馨(香)「寿歌のことがす……、うううぅぅぅ!(苦しみだす)」 寿歌「か、馨……くん!!し、しっかりして!!しっかりしなさいよ!!」 香「な、なんだ……、良いところだったのに、やっぱりきみは邪魔をするの……ね」 馨「お前はなんだよ」 香「香」 馨「知ってる。でも誰なんだ」 香「友達」 馨「友達って……。意味わからないことを言うんじゃない」 香「最初にあったとき、話をちゃんと聞いてなかったの?あなたのことをよーく知ってるんだって言ってたの」 馨「俺のことがわかる友達なんて、裕隆ぐらいだ。それにお前をどうやって友達だと思えばいいんだ。人を気絶させておいて、ぞんざいな扱いを受けてまで友達と言えるか」 香「…そうね」 馨「それに俺の中に入ってきてどうするつもりだ。勝手に俺として行動して、しかも寿歌さんに何か言おうとしただろ!」 香「ん?」 馨「ん。じゃない!今、す……」 香「好き」 馨「ぬわぁ!」 香「って言おうとしたの、駄目だった?恥ずかしがりやの馨くん?」 馨「……!べ、別に恥ずかしさなんて微塵も持って――」 香「じゃあ、なんでその気持ちに気づいたとき、告白しなかったの。怖気づく必要がどこにあったの。彼氏と別れていたのも途中でわかったじゃない。なんで行動に移さなかったの」 馨「俺は、俺はな。寿歌さんのためを思ったら、何かしてあげたら余計に傷つくのが見えていたんだよ!それなのに、なんで告白だよ!何が好きだよ!そんな暢気なこと平然と言ってのけて、寿歌さんが泣いたらどうしてくれんだよ!!おまえは俺の代わりに救ってやれるのかよ!」 香「救える」 馨「……!」 香「自信を持って言える。確かに私は女。あなたの友達、いや、あなたの中に存在する女」 馨「……つまり」 香「他人のように見えて、実はきみは私なんだよね」 馨「そんな……」 香「まさかって思うかもしれないけど、そうなんだから仕方がないでしょ?私がきみで、きみが私なんだから、当然好きな人も同じに決まってる。守りたい人だって同じなのよ」 馨「だからっておまえは、俺の大切な人を奪っていくのか!」 香「んーん。奪うんじゃない。私はあの人の騎士になるの。男の癖になーんにも守れなかったきみの代わりに、私が守って見せようと思って」 馨「女の癖にか!」 香「ええ、女だけど、何よ?ぐずぐずぐずぐず言ってる暇あったら、体を取り戻してみなさいよ!!」 馨「うるさいな!出きるもんなら、今すぐそうしてるよ!!」 香「そう、じゃあ、またね。今度は邪魔しないでよね??ふん!(蹴る)」 馨「(蹴られて再度気を失う)ぐぅっ!」 寿歌「馨くん……馨くん!!」 馨(香)「(目覚めて)ん……。あ、ああ。ごめんなさい」 寿歌「ごめんなさいじゃないわよ!突然倒れて苦しむ出すから、どうしていいかわからなかったし………」 馨(香)「大したことじゃないよ、安心して」 寿歌「う、うん」 馨(香)「……話は戻るんだけどさ、落ち着いて聞いてくれませんか?」 寿歌「おち、ついて……、うん、うん」 馨(香)「寿歌さんのことが……」 裕隆「(かき消すように)馨ぅぅぅぅぅぅ!!!」 馨(香)「!」 裕隆「はぁー。ここまで走ってくるの疲れたよ……。おまえがどーしても手伝ってほしいって言ってたの断ってしまって、今更罪悪感があってなぁー。つい来ちまったよー」 馨(香)「ばっ……」 寿歌「な、何この……人」 裕隆「………あっ、あ――――!!!!!俺やっちまったぁぁ!打ち合わせも何もしてないのに割り込んじゃ駄目すぎるだろー!!すまん、馨ー!」 寿歌「か、馨くんの……友達?」 馨(香)「(咳払い)」 裕隆「シカト?シカトかよー!確かに勝手にやってきた俺が悪いけど、まるで他人みたいな扱いをしなくてもいいだろー!」 馨(香)「やってくるタイミングが悪いんだよ!おまえは!………ぐっ(苦しみだす)」 馨「裕隆が来てくれたのか……。俺、もうなんなんだろうな。一人で何もできないのに、なんで唯一の親友が来たら勇気が沸いてくるんだろうな。訳わかんないよ……」 香「このタイミングで現れるなんて……。馨が起きた後に現れてなんのつもりよ……!」 馨「はぁー。やっとおまえから解放される時が来たってことなんだろうな。それに、ちゃんと寿歌さんの騎士になる権利を持つのは――」 香「私よ!私ったら私!良いって思ったのも、守りたいって思ったのも、全部私が先なんだから!!」 馨「それは違う!!」 香「何よ!」 馨「俺は寿歌さんが好きだ」 香「私が寿歌さんが好き!」 馨「俺だ!」 香「私よ!」 馨「俺なんだ!」 香「私!」 馨「好きなんだよ!」 香「好き!」 馨「好きだ!」 香「好き!」 馨・香「寿歌さんが好き!!」 馨「誰がおまえなんかに負けるもんか!おまえなんか俺の中から消えちまえ!消えて俺に身体を返せ!!」 香「い、嫌よ………!!」 馨「俺は寿歌を守る!そう決めた!!おまえに邪魔させない!!」 ――苦しみだし、姿が薄れていく香 香「……うっ!なんで、きみなんかに私が負けるの……!弱虫で何にもできない意気地なしに……」 馨「おまえは俺じゃない」 香「(優しい表情になって)…………そっかぁ。きみはもう私が要らなくなったんだね、そっか、それなら、さようなら(消える)」 馨「な……!……(ため息をつく)」 ◆5年後 カフェ 馨ナレ「あの日の出来事は、自分の中でとてつもなく深く刻み込まれて、深い闇から俺を救い出した。もう一人の自分は最後に笑っていたけど、同時に悔しそうにみえた。自分なのに自分ではなかった。そう、今では思っている。そして、その日から5年の日々が過ぎた」 裕隆「(コーヒーを音を立てながら飲んで)……やあー、馨、来月結婚式だって?」 馨「……そ、そう、だけど」 裕隆「すっげなぁ。まさかあの時付き合うようになって、ストレートに入籍できるなんて、俺は馨のような友達を持って誇らしいよ!」 馨「なんだか、俺の親であるかのような言い方やめろよー」 裕隆「だーって、馨がこーんなにちびっ子だった時から知ってるんだ。そういう気持ちにもなるもんさ」 馨「違うだろ!」 裕隆「違わないって(笑う)」 馨「……なぁ」 裕隆「ん?」 馨「あの時の俺って変だった?」 裕隆「あー……。変ってもんじゃなかったな。姿・形は馨なのに、馨がそこにいなかった。俺さ、あれ見て何かに取り憑かれてるんじゃないかって思ってたなぁ。でも、途中でおまえは何かを負かして自信に満ちた顔でこう言ったんだ。『寿歌、暴力振るわれて楽しくなんかないだろ、逃げて濃いよ。俺が守ってみせる、ずっと』って」 馨「(照れて)いや…あれは…その……」 裕隆「今思えば、くさいこと言ったなぁって思うかもしれないけど、ずっとあの人にとって聞きたかった言葉だと思うよ。元彼に暴力受けてるのに会い続けるなんて、異常な精神状態だし。おまえは、かっこよかったよ」 馨「ありが……とう」 ――遠くから手を振る寿歌の姿が見える 寿歌「かーおーるー!」 裕隆「おお、花嫁さんの登場だな、行ってこいよ」 馨「お、おう!」 寿歌「ねぇねぇ、馨。聞いてよ!今すぐ聞いて!」 馨「どうしたの?もっと良いウェディングドレスが見つかったの?」 寿歌「違うの!女の子、女の子なの!!」 馨「え…!そ、そうか!!(泣きそうになって)そうなのか……っ!!!」 寿歌「泣いたら駄目だよ?こういう時こそ……」 馨・寿歌「スマイルスマイル!」 END